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奈良地方裁判所 昭和37年(わ)131号 判決

被告人 扇田政勝

明二五・一・一一生 大淀病院事務長

奥田国太郎

明三五・五・二七生 砂利採取業

主文

被告人両名はいずれも無罪。

理由

本件公訴事実は

被告人扇田政勝は昭和二十二年四月より同三十年四月まで奈良県吉野郡大淀町長として町政全般を統轄し、国庫補助金申請等の事務を管掌していたもの、相被告人であつた亡森本繁治は昭和二十二年六月より同三十年五月まで同町助役として、被告人扇田政勝の事務を補佐していたもの、被告人奥田国太郎は昭和二十六年以降同町議会議員の職にあるものであるが、公営住宅建設事業国庫補助金の交付を受けようとする町村は町村費をもつて公営住宅を建設しなければならないのに、当時町営大淀病院の建設事業等によつて町の歳出予算が膨脹しており公営住宅建設費の財源がなかつたことから虚偽の申請をなして国庫補助金を騙取し町費を支出することなく国庫補助金のみによつて住宅を建設しようと企て

第一、被告人扇田政勝、亡森本繁治、被告人奥田国太郎の三名は共謀の上、昭和二十八年度第一種公営住宅五戸の建設に際し、国庫補助額を超える経費は町費を支出することなく、被告人奥田国太郎が負担し、他方その建設運営管理等に関する一切の権限を被告人奥田国太郎に一任したにも拘らず、第一種公営住宅五戸を町が町費によつて建設するように装い執行の意思がない架空予算を計上の上、昭和二十八年九月三日付建設大臣宛大淀町長扇田政勝名義の昭和二十八年度公営住宅建設事業国庫補助交付申請書を作成し、右予算書の謄本を添付の上、その頃奈良県を通じ建設省住宅局担当係官に提出する等所定の国庫補助金交付申請手続をなし、建設大臣の委任を受けた建設次官をして、真実大淀町が町費により町営住宅を建設するものと誤信せしめ、同年十月九日建設大臣名義にて大淀町に対し公営住宅建設事業費の二分の一に相当する七十五万六千円を補助する旨の指令を発せしめ、更に同年十一月二日同様の手段により、国庫補助額の増額申請をなし右同様建設次官を誤信せしめた上、同年十二月二十五日建設大臣名義にて三万一千円の増額指令を発せしめ右指令に基き支出負担行為担当官をして支出負担行為を為さしめ昭和二十九年七月二十四日支出官である奈良県出納長西上菊雄をして右国庫補助金の支出を為さしめ同月二十七日奈良市橋本町南都銀行本店において、国庫補助金名義の下に合計七十八万七千円の交付をうけて之を騙取し

第二、被告人扇田政勝、亡森本繁治の両名は共謀の上、昭和二十八年度第二種(災害)公営住宅九戸の建設に際し、国庫補助額を超える経費は町費を支出することなく、住宅を建設する地区の負担とし他方その建設、運営、管理に関する一切の権限を各地区の区長又は地区出身の町会議員に一任したにも拘らず第二種(災害)公営住宅九戸を町が町費によつて建設するように装い執行の意思がない架空予算を計上の上、昭和二十八年十二月二十五日付建設大臣宛大淀町長扇田政勝名義の昭和二十八年度公営住宅建設事業費国庫補助交付申請書を作成し、右予算書の謄本を添付の上、その頃奈良県を通じ建設省住宅局担当係官に提出する等所定の国庫補助金交付申請手続をなし、建設大臣の委任をうけた建設次官をして前同様誤信せしめ、昭和二十九年二月九日建設大臣名義にて大淀町に対し公営住宅建設事業費の四分の三に相当する百三十七万二千円を補助する旨の指令を発せしめ、更に同年三月一日同様の手段により国庫補助額の増額申請をなし、右同様建設次官を誤信せしめた上、同月二十四日建設大臣名義にて十七万円の増額指令を発せしめ右指令に基き支出負担行為担当官をして支出負担行為を為さしめ昭和二十九年八月十三日支出官である奈良県出納長西上菊雄をして右国庫補助金の支出を為さしめ同日前記南都銀行本店において国庫補助金名義の下に百五十四万二千円の交付をうけて之を騙取し

第三、被告人扇田政勝、亡森本繁治の両名は共謀の上昭和二十九年度第二種(災害)公営住宅六戸の建設に際し前同様国庫補助額を超える経費は町費を支出することなく、住宅を建設する地区の負担とし他方その建設、運営、管理に関する一切の権限を各地区の区長に一任したにも拘らず第二種(災害)公営住宅を六戸を町が町費によつて建設するように装い、執行の意思がない架空予算を計上の上、昭和二十九年五月三十日付建設大臣宛大淀町長扇田政勝名義の昭和二十九年度公営住宅建設事業費国庫補助交付申請書を作成し右予算書の謄本を添付の上、その頃奈良県を通じ建設省住宅局担当係官に提出する等所定の国庫補助金交付申請手続をなし、建設大臣の委任をうけた建設次官をして前同様誤信せしめ同年八月十二日建設大臣名義にて大淀町に対し公営住宅建設事業費の四分の三に相当する百五万三千円を補助する旨の指令を発せしめ、右指令に基き、支出負担行為担当官をして支出負担行為を為さしめ同年十二月四日に三十五万一千円、昭和三十年四月三十日に七十万二千円の二回に亘り支出官である奈良県出納長西上菊雄をして右国庫補助金の支出を為さしめ各々その頃前記南都銀行本店日本銀行奈良代理店において右金員を国庫補助金名義の下に交付をうけて之を騙取し

たものである。

というのである。

よつて審理するに、被告人扇田政勝、同奥田国太郎及び相被告人であつた亡森本繁治の司法警察員並びに検察官に対する各供述調書及び同人等の当裁判所第二回公判調書の供述記載第十一回公判における被告人奥田国太郎同扇田政勝の各供述領置にかかる昭和二八年度災害公営住宅関係書類綴、昭和二九年度災害公営住宅建設特別会計歳入歳出簿(証第一、二号)大淀町金庫金券六枚(証第三号ないし第八号)昭和二八年度一般公営住宅国庫補助申請書綴昭和二八年度災害公営住宅国庫補助申請書綴、昭和二九年度災害公営住宅国庫補助申請書綴(証第九号ないし第一一号)昭和二九年国庫補助金一件、昭和二八年度保管整理簿昭和三〇年四月以降雑部金受払簿、昭和二八年発生災害による第二種公営住宅建設事業費国庫補助受入について、昭和二八年度公営住宅建設事業費国庫補助受入について、公営住宅に関する綴、昭和二八年度公営住宅工事関係書類、昭和二八年度歳入歳出簿〔特別会計公営住宅〕昭和二八年度歳入歳出簿〔特別会計災害公営住宅〕寄託品受払簿昭和二八年度災害公営住宅工事関係書類綴、昭和二九年度公営住宅工事関係書類綴(証第一二号ないし証第二三号)を綜合すると各公訴事実の外形的客観的事実は之を認めるに十分である。

ところで前顕各証拠のほか当裁判所の取調べた各証拠被告人扇田政勝、同奥田国太郎の当公廷における各供述を綜合すると左の如き事実を認めることができる。即ち、

被告人扇田政勝は当時大淀町長として町政一般の職務を掌理していたほか奈良県吉野郡町村長会会長、奈良県市町村長会連合会長を務め、有力者として政治的手腕を発揮し町長としては町立大淀病院を建設し中学校講堂を建築する等各種の公共事業を起し町の発展をはかつたが、他面町の財政は支出が増大し困窮したのである。かかる折被告人等の地区から選出されていた県会議員亡森下音吉が大淀町役場の町長室で被告人扇田政勝町長及び亡森本繁治助役に対し「大淀町の方へも公営住宅をもらつて来てやつたぞ。」といい、大淀町に公営住宅として国庫補助金のもらえる十戸分の割当があつたことを伝えたのである。この公営住宅については第一種のものとして半額は国庫の補助金があるが残半額は地方公共団体である町が負担し支出して建設し経営しなければならなかつたものである。しかし前記の事情で財政窮乏していたが、その立場上これを拒否し辞退することも為し得ず茲に被告人扇田政勝及び森本繁治助役は相談の上、国庫補助金の交付を受ける手続をし、国庫補助金のみで、町当局が経費を負担することなく公営住宅を建設することを企図し、その方便として野党的反対の立場にあつた相被告人奥田国太郎の懐柔策もあつて同人に対し「君は最高点で当選したのであるから、公共のために、この公営住宅の建設をやつてもらいたい、国庫補助金は半額で、残半額は自分で調達してくれ。町当局は一銭も出せない。その代り一切の管理権限を委任する。」といい、同人を承諾させ、国庫補助金は全部同人に交付し、被告人奥田国太郎は残半額を自己において調達し公営住宅として十戸を建設したのである。(国庫補助金は昭和二七年度五戸分昭和二八年度五戸分であつたが昭和二七年度分については公訴時効完成したとして訴因になつていない。検察官の冒頭陳述参照)

被告人扇田政勝及び亡森本繁治助役は更にその後引続いて昭和二八年颱風第十三号の災害による第二種公営住宅建設についても昭和二八年度及び昭和二九年度二回に亘り同様の方策をとり四分の三の国庫補助金の交付を受け町当局は何等財政的支出をすることなく建設戸数を各大字地区に割当て、各地区毎に残額の負担をさせて公営住宅建設の相談をし地区役員や町会議員の承諾を得て、現実に住宅を建設したのである。その間架空の予算書等を作り、事務の通常の過程に従つてこれら一件書類を県庁を通じて建設大臣に提出し国庫補助金の出るようにし、之を受領して各地区に交付したのである。

是により之を観れば被告人扇田政勝は右国庫補助金を不法に自己に領得する意思があつたものとは認め難く、実際に私腹を肥やした事跡もない。そして住宅困窮者や罹災者に住宅を供給することは公営住宅法の立法目的であつて、国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与する行政の目的から云つて入居者に実質的に利益を得せしめたからといつて、第三者に「不法に」領得せしめたとはいえない。従つて虚偽公文書作成同行使の責任及び上級官庁に偽りの報告をした道義的責任は免れないが、前者については起訴なく、後者については補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律に違反するかも知れないけれども本件は右法律実施以前の事実であつて、同法により処罰できないことは言を俟たない。(憲法第三九条)しかも本件においては補助金はその目的通りに使用され、他に流用した事実なく、又いわゆる「もらいどく」となつたものでないことは明白である。被告人扇田政勝について詐欺の犯意不法領得の意思があつたとの証明が十分でないといわざるを得ない。次に被告人奥田国太郎について前顕各証拠を検討して審按するに被告人奥田国太郎は当時大淀町会議員として最高点で当選したが前記の通り相被告人扇田政勝町長及び亡森本繁治助役から「公共のために公営住宅の建設をやつてもらいたい。国庫補助金は半額で残り半額は自分で調達してくれ。町当局からは一銭も出せない。その代り一切の管理権限を委任する。」といわれ、公営住宅法なる法律の存在及び内容を知らず之を引受け自己の責任において農業協同組合より資金を借入れ自己の資金と国庫補助金とを合して、自己の選定した土地を整地し公営住宅として十戸を建築し疎開等のための住宅困窮者を選定して入居させ、入居者から権利金十五万円を徴し之を農協の返済に当て、又毎月二千円の家賃を農協より集金させ、五年後には当該入居者にその土地及び建物の所有権を譲渡する手続をすることを約したものであつて、当審第五回公判の証人越田正勝(元奈良県土木部建築課長)の証言「問、入居者に対して何年間か賃貸期間を設けてその間完全にいわゆる家賃が回収できた場合にその所有権は入居者に売渡すとか。あるいは贈与するという例があるか、又そういう事は違法になるか。答、原則的にはそういうことはできない。只非常に建物がいたんだり、木造ならその貸与期限の何分の一普通は五年と思いますがそれが経れば、その目的変更つまり公営住宅を廃止するということは国の承認を求めてできる訳である。」との供述に徴すると被告人奥田国太郎は漠然この五年を何処かで聞知して前記のような入居者との契約をしたものと認められ、かくして建設された家屋も昭和三十四年九月二十六日の伊勢湾颱風のため二戸は倒壊し他は全部流失したのであるが、被告人奥田の検察官に対する供述調書中「私は町のため住民のため奉仕して町営住宅を作るという気持から本当に苦労して走り廻り漸く家を作つたのであります。自分の私腹を肥やそう等という気は毛頭ありませんでした。」との供述は措信するに足り、同被告人が相被告人等と共謀して国庫補助金を自己に不法に領得する意思があつたものとは認め難く、住宅難の折柄入居者が暫くの間入居できた利得があつたとしてもこれが公営住宅法の行政目的であることはさきに示した見解の通りであつてその利得せしめることが不法とはいえない。従つて第三者に不法に領得せしめる意思があつたものと謂えないこと勿論である。結局被告人奥田国太郎にも詐欺の犯意の証明がないといわざるを得ない。

よつて刑事訴訟法第三三六条により主文の通り判決する。

(裁判官 辻彦一 若木忠義 高橋金次郎)

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